第4回 赤坂宿→舞阪宿 路線バスの旅【前編】2022年5月13日

またまた2カ月ほどの間隔を経ての4回目は、岡崎市と豊川市の境に位置する本宿から始まります。
前回は、赤坂・御油宿を過ぎて国府駅あたりを目標にしていましたが、夕方美合駅についた後はバスにありつくことができず、長距離の徒歩と雨に破れ撤退を決めました。
終着の本宿では当然時刻表を確認し、先(東)へ進むバスはないことを確認済み。
この度始まって以来の、徒歩スタートとなる見込みです。

本宿へのアプローチ

天下の東海道、新幹線も東海道線も並行していますから、交通は至便です。
しかし、いかんせん京都からの距離が開いてきています。

関西人の東向き出張御用達列車「200号」
朝の名鉄特急はビジネスマン満載

今回は、前回同様、のぞみ200号で名古屋へ入り、名鉄線に乗り換えます。
名古屋駅では脇目を振らずに特急に乗り継ぎ、さらに東岡崎駅で急行へ乗り継ぎます。
本宿到着時刻は所定より少し遅れて7時50分で、これが朝一番の乗り継ぎです。
ただ、仮にこの時間までのぞみに乗り続けていたなら、静岡の端・熱海の辺りを通過している頃です。
東海道沿線と言えど、新幹線停車駅を外れてしまうと意外に時間がかかるものですね。

ちなみに、相方は今回夜行バスで豊橋入り。そこから西へ戻る形で本宿で合流しました。

前回歩いた知立→安城市境付近

さて、本日はこの旅始まって以来の雨模様。
京都の自宅を出た時は止んでいましたが、名古屋を過ぎるころには本降り。もともと大雨予報で、遅い時間になるほど雨脚が強まる見込みでした。
この日の目標は浜松宿と想定し、この旅初の宿泊を挟んだ翌日は島田・藤枝あたりへたどり着くイメージをもって臨みました。
ただ、あくまでイメージです。願望です。
事前調査無しの我々には、何の根拠もありません。

続・藤川宿→赤坂宿

前回終了時は本宿から先の路線は皆無だと思っていたのですが、先に着いた相方が妙な路線に気づきました。
その名も、名鉄バス77系統・豊興工業前行き。
平日のみ1日1本、片道だけの運行。僅かながら、南東方面へバスで進めそうです。しかも、電車を降りて3分後の発車。乗れてまうやないか…。
そう、この日は宿泊を伴う2Daysと言うこともあって、平日の金曜日に、有給取っちゃったんですよね(日曜日は休養日)。

34本目
名鉄バス 77系統 豊興工業前 行き

本宿7:53発→豊興工業前7:56着
170円

かくして、明らかに特定の会社へ向かう勤め人を運ぶバスに、明らかに今日は仕事する気のない奴が紛れ込んでいるというシュールな状況で、本宿駅を後にします。

いや、さすがに少しマズいかなと思ったんですけどね。
この雨の中、大口を開けて待つ名鉄カラーのポンチョには、吸い込まれざるを得ません…。
ちなみに、乗客は10数名程度、全員が着席しておられましたので、私も座らせていただきます。
乗務員は運転手さんと、見習いさんなのか?若い名鉄バス社員さんも同乗され、この旅始まって以来のツーマン運行。

勤め人たちを降ろし…
折り返しの本宿駅行(1日1本)

車内は終始たいへん静かで、微妙に後ろめたい3分間を過ごし、バスは運命の終点へ。
敷地外に突っ立っているバス停ポールを華麗にスルーし、警備員のいる正門を突破し、大変ご丁寧に建屋の玄関の車寄せにピタッと付けます。これなら一滴も濡れません。
まぁ、全く想定してないよね。一般人の混乗。そりゃそうだ。
名鉄バス乗務員氏の「ありがとうございました!行ってらっしゃいませ!!」というはつらつとした挨拶が、胸を刺します。

ついては、豊興工業社員の皆様が全員降りられるのを見届け、恐る恐る「すみません…一般の者なので、外の停留所まで乗せて行ってもらえますか??」とお尋ねしたところ、
慣れた様子で「分かりました!では、一旦精算をお願いします!!」とご案内。
ICカードを通したらば、無事に門外まで送り届けていただけました。
この手練れの様子から、おそらく定期的に「こういう輩(バスファン)」が、舞い込んでいると見た!
僅か1.3kmの短くて長い?旅から、1日が始まっていきます。

走り去るバス
1日1本

長い徒歩区間

豊興工業前からは、今度こそ完全にバスが途切れました。
前回の旅を合わせれば、美合駅から名電長沢駅付近まで、正味10km以上のバス空白地帯が続いています。
(なお、もちろん長沢駅からバスに乗れる保証はありません。)
雨脚が強い中、しばらく歩きなので、傘に加えて合羽を着て進みます。

緑に映える名鉄電車
菖蒲がまだ咲いている

さて、豊川市(旧音羽町域)に入り、旧道が国道1号と別れる辺りに、「大榎橋」バス停を発見しました。
が、30分ほど前に出て行った朝の便には間に合わず。
次便は昼前までありません。
このバスは名電長沢駅から来るバスなので、駅へ時刻表を見に行くことはせず、赤坂宿を目指して先を急ぎます。

市域は豊川市に変わっている
水田を打つ雨滴

まだ朝の内なので体力は充分。心なしか雨の降り方も弱くなってきて、景色を楽しむ余裕さえあります。
街道歩きとは、雨の日は雨の日なりに、風情のあるものですね。

観音堂跡
藤川辺りから南側に続いた山並みが遠ざかる
36.赤坂宿

本陣3件、脇本陣1件、旅籠62件、人口1,304人。
宿場内に残る大橋屋は、江戸後期に建てられた建物がそのまま残されており、豊川市の指定文化財となっており、見学もできる。
平成20年代までは実際に泊まることもできたそうで、徒歩による旅が行われていた時代からずっと、旅人の往来を見つめてきた旅籠と知ると感慨深い。
広重によって描かれた「赤坂」は、この大橋屋の中庭がモデルなのだそう。
惜しむらくは、進むことに必死になりすぎて写真を撮っていなかったこと!

赤坂宿→御油宿

赤坂宿と隣の御油宿との間は近く、僅か1.6kmほどしかありません。宿場間距離としては東海道最短です。
もともと御油と赤坂は一つの宿で、あまりにも大きすぎたために家康の命によって二つに分けられた経緯があります。
その境目に位置する松並木は、まさに宿場を二分するがために植えられた木々が、戦時供出をも免れ現代に残っているもので、国の天然記念物に指定されています。

立派な松並木。ただ、随時植え替えもされ、樹齢300年を超える当時からの木はごく僅かだそう
松並木東バス停
バスはあるか…?

この間、相変わらずバスがありません。というか、あるにはあるが、乗れていません。
大榎橋では30分前にバスが行ったばかりでしたが、この辺りからは、音羽支所始発のバスが時刻表に加わります。
ところが、これも僅か15分前に出たばかりで、次発は今から2時間後です。
う~~~ん、不運と言うほかありません。仮にここまでの道中を走ったとしても、数キロの間で15分を詰めるのは厳しかったでしょう。

宿場間はたった1.6lm、されど今朝は豊興工業前から歩きっ放し。10時前ながら、早くも1万歩を突破、徒歩距離がかさんでいます。
前回の目標は御油宿、その先国府駅まで行ければなお良し、などと思い描いていましたが、このバスの繋がりの悪さ…とんだ夢物語でしたね。

35.御油宿

本陣3件、旅籠62件、人口1,298人。
本陣跡近くにある「御油の松並木資料館」には、松並木を挟んで赤坂・御油の二宿を再現したジオラマがあり、このあたりの地形や往年の景観がよくわかる。
旅装束や証文など当時の資料も多く展示され、地元のガイドさんの話も聞くことができ、小さいながらも充実している。無料。

御油宿→吉田宿

本陣を過ぎ、あまり期待をせずに「御油橋西」バス停をチェックすると、なんと!またバスが増えています。
御油地区の巡回バス「ごゆりんバス」で、しかもあと10分ほどでやって来ると。
やっとのことで、本日2本目のバスにありつけそうです。

35本目
豊川市コミュニティバス ごゆりんバス 国府駅 行き

御油橋西9:57発→御油駅10:07着
200円

バスと言われても、あまりバスらしくないワゴン車、ハイエース。豊鉄タクシーが運行していました。
豊鉄は豊橋鉄道の略。ずっと名鉄のテリトリーの中を進んできたので、「とよてつ」の響きから、また少し歩みを進めた感覚を得ます。
先客のおばあちゃん2名と我々、合わせて4名の乗客は、全員が終点の国府駅まで乗りました。

さて、今度は国府駅から先の乗り継ぎが気になります。
地図上では、吉田宿方面へまっすぐ向かう国道1号線方面への路線は皆無のようですので、市民病院を経由することになると思うのですが。
なお、先ほど松並木にて15分差で乗れなかったバスは、1日たった2本の市民病院直通便でした。
これをカバーできる路線は、果たして存在するのでしょうか。

国府駅バス停

国府駅のターミナルで、恐る恐る時刻表を見ると…5分後、10時13分発御津線の豊川市民病院行きを発見!
おおお!しっかり繋がっている!!

病院行きの運転手さん曰く、やはりここから豊橋方面へは名鉄線(東海道)に沿って真っすぐに行く路線はなないが、市民病院を経由すれば豊橋駅へつながるとのこと。
やっとのことで、藤川宿から断続的に続いたバス希薄地帯を脱出できそうです。

36本目
豊川市コミュニティバス 御津線 豊川市民病院 行き

国府駅 10:13発→豊川市民病院10:27着
200円

またまたハイエースに揺られ、豊川市民病院へ。
朝から街道歩きで停滞していたのが嘘のように、目の前に巨大で新しい病院の建物が立ちはだかります。

ハイエースを見送る
病院の威容

それにしても風景の展開が急で、なんだか江戸時代から現代にタイムスリップしたようです。
ゆっくり進むバス旅ではありますが、徒歩とバスとの間では、やはり景色や時間の流れ方、感じ方が大きく違います。
優劣をつけるべきものではなく、それぞれの良さがあるように思います。もちろんバスの方が、身体は楽ですが!

37本目
豊鉄バス 96系統豊川線 豊橋駅 行き

豊川市民病院10:32発→豊橋市役所前11:01着
490円

さて、ここから先は30分間隔と本数も十分な豊鉄バスです。
本日初めての、頼もしささえ覚える大型車。
豊橋鉄道は名鉄グループですが、名鉄バス、岐阜バスや知多バスなどの赤ラインの塗色とは一線を画した、爽やかなグリーンを纏います。
ちなみに、ICカードは使えず、久々に小銭をじゃらじゃら抱えるバス旅です。

背ずりの大きなシートが並ぶ車内
吉田大橋

曇り空の下、バスは豊橋駅を目指し、一人、また一人と乗客を拾いながら、南下していきます。
乗車してから20分ほどで国道1号線に合流すると、ほどなくして吉田大橋を渡ります。左手に見える森は、吉田城址。今は公園となっています。
旧東海道は右手側一つ川下の橋、その名も「豊橋」を渡るのですが、ここは現在の市名の由来となっていますね。

34.吉田宿

本陣2件、脇本陣1件、旅籠65件、人口5,277人。
吉田城の城下町。
現在も豊橋は東三河の中心都市だが、「三河」とは乙川、矢作川、そして豊橋が架かる豊川の三つの川が流れることが由来なのだそう。
このうち、矢作川にかかる矢作橋、豊川に架かる吉田大橋(現・豊橋)、そして琵琶湖の南端・瀬田川にかかる唐橋を「東海道三大大橋」と呼んだそうですよ。

吉田宿→二川宿

吉田宿から二川宿までは途切れずに街が続いているので、豊橋駅まで行けばバスがあるだろうと想像し、駅を目指して歩きます。

自己主張の強い道
日本でここだけ、東海道を走る路面電車

その道すがら、駅前大通りバス停で時刻表を眺めていると、一台のバスが停車。
ドア横の行先表示に「二川」の文字が見えたので慌てて乗車!
降りたバス停で知りましたが、この路線は1時間に1本しかなく、駅を目指してずんずん進んでいたら乗り逃し、停滞するところでした。

38本目
豊鉄バス 56系統二川線 シンフォニア テクノロジー行き

写真は降車後、折り返し便を撮影

駅前大通・まちなか図書館11:18発→住宅前11:48着
450円

さらばだ豊橋…(一瞬)
青看はついに静岡県の地名のみに

基本的には先を急ぐ(?)旅ですが、急ぎ過ぎても仇となりかねない、我々の手に余る高難度プロジェクトに取り組んでいることを再認識させられます。
ただ、なんとなく豊橋で昼食のイメージもあったので、嬉しさ半分、がっかり半分 笑 カレーうどーん!ちくわーー!!
前回は昼食が食べられずにずるずると時間が過ぎたので、今回はしっかり食べよう!と申し合わせていたのですが、いつになるやら。

全てはバス次第。それがバス旅。

1時間に1本。多く感じるのはある種の錯覚 笑
「住宅前」バス停付近、目立つのはお墓…

二川宿の最寄りは「住宅前」。
バス停の名に強いて採用するほどの、立派な住宅団地らしきものは見当たらず。
強い雨が降る中、少し離れた二川宿へ向かいます。

中編へ続く。

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