6日目-後編 府中宿→興津宿 東海道路線バスの旅(2022年9月23日)

中編までのあらすじ

金谷を8時に出発したこの日、午前中の停滞が嘘のように、藤枝から先は軽快な乗り継ぎが続き、夕暮れ時を前に、府中宿近傍の新静岡バスターミナルへ到着しました。
タイムリミットまであと4時間、目標の由比までの到達はかなり微妙な時間。

新静岡での攻防

雨天のため早くも夕闇の迫る新静岡に着くと、すぐさま清水以遠への時刻を調査します。
新静岡は静鉄電車の起点で、静岡鉄道の中心的なターミナル。案内所もあり、清水→興津までの時刻表ももらえました。

この先清水へはいくつかのルートがありそうですが、東海道/国道1号(ピンクの点線)を東進し直通するバスはありません。
少し北側を周る北街道線ならば清水駅まで直通しており、かつ一番早く着くとのことですが、数分前に出たばかりで次発はおよそ1時間後の17時54分。あぁ残念…。

なお、清水の宿場は「江尻宿」ですが、こちらは駅からやや距離があります。
その後、清水から次の宿場・興津へのバスの出発は19時、次発が20時です。

現時点での情報をまとめて判断すると、本日中の薩埵峠越えは完全に日没後なので厳しく、目標未達ですが手前の興津ゴールとなりそうです。

薩埵峠は絶景ポイントですから、日を改め、天候の良い早朝に越えていく方がより良いでしょう。

しかし、効率的なバスハイクの後で1時間待ちを食らうとやや間延びする感覚があります。
じたばたしても仕方ありませんので、本陣を訪ねた後は、立派なバスターミナル内でおとなしく待つことにします。

19.府中宿

本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠43軒、人口14,071人。

古来より国府が置かれたことから府中、駿河の府中で「駿府(すんぷ)」とも呼ばれ、城の名前は駿府城。
言わずと知れた家康公のお膝元で、古くは今川家が権勢を誇った地。
今は賤機(しずはた)山にちなんだ静岡の名で通る。

バイパスの開通が遅く、平成中頃まで国道1号が駅前を通っていたためか、地方都市としては珍しく駅前の繁華街が賑わっている。
東海道は宮宿からの海路で名古屋の中心部を通らないため、沿線随一の大都会の光景かもしれない。

上伝馬本陣跡
周囲は大都会

夕方、きらびやかな電飾に彩られる静岡の街は、生まれ故郷の浜松を比べてもずいぶん賑わっているように思います。

まず、人が多い。
新静岡は静鉄百貨店「セノバ」が入る大きなビルですが、そのから続く街路にも、たくさんの人が歩いています。
バスもひっきりなしにやって来るし、心なしか、乗客も多いように感じます。

東京方面からの高速バスも
続々とやってくるバス

以前から相方とは、せっかく静岡に行くなら一度くらい「さわやか」のハンバーグが食べたいよね、と話していました。
先の時刻もわかっていることだし、ちょっくらのぞいてみようなどと、軽いノリでセノバの上層階にある店舗へ向かってみると、なんと!2時間半待ち。
山ん中のバス待ち時間かよ。

一旦バス乗り場へ戻ります。

ここで相方は早朝静岡駅のコインロッカーに預けた荷物を取りに行きました。
この後の行程が読みにくいため、一旦荷物をすべて手元に置き、行動の自由度を上げます。
興津から静岡駅へ在来線で戻り、僅かな接続時間で新幹線へ乗り継ぐ可能性もありますしね。

丸子営業所のアニマルサインはキリン
復刻塗装車再び

一人ターミナルの列に並びます。
北街道線の乗り場には、複数の行先の路線がやって来ますが、行列ができてはやってきたバスに吸い込まれ、列ができては吸い込まれ、という光景を繰り返しています。

買い物袋を下げて家路を急ぐ人々をぼんやりと眺め、見送ります。

不意に相方からLINEが入りました。
「ちょっと新幹線の運行情報見て!アナウンスで止まってるって聞こえる」

言われるままに確認すると、確かに、三河安城~豊橋間が、大雨のため運転を見合わせているようです。
とは言え、僅かな距離ですので、一時的なものだろうとも思いました。

静岡市内の雨は小康状態。丸子あたりでは降っていましたが、それもすぐに上がったのです。

府中宿→江尻宿

59本目
しずてつジャストライン 北街道線 清水駅 行き

新静岡 17:54発→江尻東 18:41着
550円

バスは立席を含めて大勢の乗客を乗せ、すっかり日の暮れた静岡市内を走ります。

雨はそれほど降っていませんが、新幹線の状況が気になるところです。
仮に新幹線が止まっても、在来線は動いている様子ですから、なんとなかるのではないかと思っていました。

ところがこの後、状況は悪化の一途をたどります。
新幹線の運行状況画面では、みるみるうちに赤で示された不通区間が伸びていきます。

この状況を受け、いち早く相方が今晩の静岡逗留を決断し、駅近くのビジネスホテルを予約しました。

一方の私は、明日朝から子供たちと映画を見に行く約束をしていました。
昨夜から家を空けているので、家族のためにもなるべく早く帰りたい。
関西方面へ向かう夜行バスを調べると、各社現在のところは運休情報はなく、また高速道路も通行規制は掛かっていません。
なんとなく、4列シートのJR東海バスを避け、静鉄の夜行バスを予約しました。

2晩連続で夜行キツいっすねぇ…など笑っていましたが、この時の早めの決断が、後の我々を助けたのでした。

雨は降ったり止んだり
清水に近くなるにしたがって、
車内は空いてきた

バスは渋滞気味の北街道をゆっくり進んでいます。
新静岡を出て30分ほど経過したところで、新幹線は東京⇔名古屋間が運転見合わせになりました。
ほどなくして、在来線へも波及が始まりました。

静岡市内のホテルは、どこもかしこもあっという間に満室になったようです。
この時点で既に、静岡県西部は本格的な豪雨に襲われ始めていました。

江尻東

江尻宿近傍の「江尻東」バス停を降りた段階では、雨は大した降り方ではありませんでしたが、空には時折稲光が瞬き、西からは遠雷が聞こえます。

そして、夜の清水の街に、大雨警報の発令を告げる行政無線が鳴り響きます。
明らかに、不穏な気配が漂ってきました。
果たして無事に帰れるのでしょうか?

18.江尻宿

本陣2軒、脇本陣3軒、旅籠50軒、人口6,498人。

現在の清水。巴川が注ぐ清水港は今も県下一の大港。
清水と言えば次郎長とサッカー、クラブチームは清水エスパルス。
そしてちびまるこちゃん。サザエさんに出てくるカツオくんと違い、まるちゃんの同級生・大野くんと杉山くんは、野球少年でなくサッカー少年として描かれた。

寺尾本陣跡。
もっとまともな写真が欲しいところですが…

清水駅までは距離があります。
一旦静鉄電車の新清水駅を目指しますが、ここでいよいよ雨雲に追いつかれました。
凄まじい降り方です。
アーケードに助けられましたが、傘だけではあっという間に濡れてしまいそうです。

60本目
しずてつジャストライン 港南線 清水駅 行き

新清水 19:18発→清水駅 19:21着
100円

新清水駅からはたまらずバスに乗り込みます。
ここから清水駅までは100円の特例運賃。
なんて価値ある100円なのでしょう。

清水駅着、ヘッドライトに照らされる雨粒の大きさよ

清水駅での選択

清水駅構内は、屋根をたたく雨音が響きますが、人気はなく閑散としています。
それもそのはず、在来線も浜松方面はかなりダイヤが乱れ始めている様子でした。
一方、静岡以東は変わらず運転を続けています。

一旦、ここで打ち切るか、興津まで行くかの決断を迫られます。

結果から言うと続行したのですが、客観的に振り返れば、明らかにここは撤退すべきでした。
かなりリスクのある判断でした。

ここで行軍停止とし、静岡まで戻りおいしいハンバーグをほおばり、宿と夜行に別れたら美しかった。
濡れなかった。なにより、安全安心であった。
相方も、ここでやめようと言った。

薩埵峠を越えるバスはないであろうから、夕方までに興津にたどり着き、山を越えて宵の口の由比駅で次回の始発バスを見定め、帰路に就く。
これが思い描いた今回のゴールで「在りたい姿」です。
現実には、清水での撤退を迫られています。

いろいろ逡巡します。

仮に今日をここで終えて、次回清水入りしてからバスで興津へ移動し、歩いて由比に向かえば…きっと昼近くなってしまいます。
由比からの路線がコミュニティバスであれば、通院や買い物に向かう朝の便を逃したら、昼過ぎまでない、なんてパターンはザラです。

由比を昼過ぎに出発とあらば、その日の三島や箱根着は厳しくなってきます。
貴重な平日ダイヤの恩恵を十分に生かしきれません。

この傷を最小限にとどめるには、直接興津入りして早朝に歩き出し、朝のうちに由比を出るバスを捕まえたい。
本日の興津ゴールを最終防衛ラインとしたい。

でも、そんな人間の都合など大自然の脅威の前には、全くもって無意味なんだよなぁ。

雨雲レーダーでは、静岡県西部が真っ赤に染まっています。
その大きな雨雲が、静岡市に迫っています。

しかしながら、ここしばらくの動きを見ていると、停滞しているようにも見えました。
興津までの30分、戻りの電車が10分、この先1時間程度は、持つのではないか。

いいですか。
こういう思考プロセスを「正常性バイアス」と言います。

江尻宿→興津宿

61本目
しずてつジャストライン 港南線 清水駅 行き

新清水 19:18発→清水駅 19:21着
100円

かくして、私は相方を説き伏せ、興津方面但沼車庫行のバスへ乗車しました。
帰宅時間帯のバスには、まだ多くの乗客が乗っています。

車内にも雨音が響く
窓を伝う滝のような雨は洗車機の中に居るよう
駅周辺はあっという間に水浸し

半端ない雨の中、真っ暗な道を、東へ東へと進んでいきます。
乗客が降りていく毎に、バスの天井を叩く雨音が大きくなっていく気がします。

スマホのカメラは感度が良いが、実際にはもっと暗い

地図と雨雲レーダーを見ながら、興津宿最寄りのバス停「興津不動前」がアナウンスされるのを待ちます。
スマホには「静岡県で線状降水帯発生」との情報が通知されてきました。知ってるっつの。

西からの降水帯の端が、興津にもかかってきました。
バスの窓には、雨粒がびっしりとついています。

意を決して降車
車通りは少ない

バスを降りたら、傘が役に立たないほどの豪雨。
嵐の真っただ中です。
日中ほとんど降られることが無かった当日ですが、ここから興津駅への移動中に、靴もズボンも全て濡れてしまいました。

17.興津宿

本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠34軒、人口1,668人。

静岡を走るJR東海道線の行き先として島田と並び頻出する地名。
実際、静岡都市圏の外れで、ここから先は平地が途絶え難所、薩埵峠が控える。
興津からは身延経由で甲府へ向かう国道52号が分かれる。
本陣跡には公園が整備されているが、真っ暗で…

東本陣跡
興津宿公園

写真を撮ったら大急ぎで興津駅へ。
電車の時刻までは余裕がありますが、とにかく外にいると濡れるので!一刻も早く屋内へ逃れたい!

列車を待つ人は我々の他に数名
宿場町毎に駅がある

5分ほどで駅に着きました。
幸い、電車はまだ時刻通り動いています。
ただ、自治体から避難を促すエリアメールが続々と入ってきます。
Twitterのフォロワーさんからも、身を案じるメッセージが入り始めます。
在来線の運転見合わせ区間も、菊川まで広がっています。

雨雲レーダーでは、静岡県中西部がすっぽりと覆われるほどに赤く染まっています。
その様子は、清水駅で確認したときと何ら変わっていない。
むしろ、東へと徐々にその範囲を拡大しているかのように見えます。

ええ??
こんなに長い間、こんな広範囲にこんな強い雨雲がかかり続けるものなの??

これは、ただ事ではない。
その時、我々は現在「本日のゴール」にいるのではなく「緊急事態の渦中」にあることを明確に認識しました。

静岡脱出編へ

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