3日目-その3 赤穂市境→有年宿 山陽道路線バスの旅(2023年8月19日)

若狭野農協前でバスを降り、歩き始めて1時間。

暑さでペースは上がりませんが、久々にバス停を発見しました。

気になる時刻は……

ダメです。

時間もとうに過ぎていますし、そもそも曜日限定運行でした。
来週の月曜日にならないと、すなわち

3日待たないとここにバスは来ません。

大人しく駅まで歩きましょう。
駅からバスが増えると嬉しいのですが、市の玄関口である相生駅でさえ「駅から増える」現象が起きませんでしたから、望み薄です。

ともあれ、なんとか有年宿くらいまでなら歩ける体力は残っていそうです。
距離は大したことないのです。

今回の敵は暑さです。

やや日も傾いてきて、その暑さもピークを越えた気がします。

ショートカットのため有年駅の前はあえて通らず、2号線に合流すると千種川を渡る有年橋が見えてきました。
バス停もありますが、有年駅始発のバスはなく、隣町の上郡からやって来る1日たった2本の路線が増えただけです。

最終バスは2時間前。
ある意味、覚悟できていたので特にガッカリもしません。

有年橋のたもとには、時代がかったドライブインと、そのすぐ横に大きなコンビニがあります。
ドライブインの方はもう使われていないのでしょう。
令和と昭和のコントラストが面白い、これも現代山陽道の姿です。

中国自動車道の兵庫岡山県境区間ができたのが1975年、続いて山陽自動車道が赤穂に来たのは1982年のことでしたので、それまで、つい40年ほどまでは、この国道2号線が当地の大幹線だったはずです。
このドライブインでも、多くのトラック野郎たちが紫煙をくゆらせて一息ついていたことでしょう。

店の前には距離表示のついた青看があり、ついに岡山まで51kmの表示が出ました。
この51km、今日中にあと何km詰められるのでしょうか。

……と言っても、岡山県へ入るバスに間に合わないことは確定しています。
有年で終わるのか、赤穂市街へと抜けられるのか、あとはそれを確かめるだけです。

15.有年宿(うね)

もとは「原八軒」と呼ばれるほど小さな集落であったのだが、龍野藩によって宿場町として整備され、いつしか「原八丁」と呼ばれるほど栄えたのも今は昔。
再び静かな農村地帯となっており、旧本陣跡を示す石碑が記憶を留めていた。

有年宿→???

時刻は16時50分。
有年宿跡を抜けると、宮前バス停は目前。
バスがあるとすれば、17時頃?根拠はないですが、とにかく17時には着きたい。
そう思って歩いてきました。

気になる時刻は……

残念、無念。

相生駅で教えてもらった15時半が、本日の赤穂行き最終バスでした。

即ち、我々は完全に足を失いました。

最寄りの有年駅まで2.5km、歩いて戻るかタクシーを呼ぶ以外に家に帰る方法がありません。
タクシー…あるかな??

さすがに疲れてしまったので、念のため赤穂市のサイトで宮前を通るコミュニティバスのダイヤを確認します。
すると、一応、ここからほんの少し岡山県側の山手へ入り込むバスはありますが、今から歩いて山越えをする気力・体力はありません。
また、赤穂方面へ向かう便はやはりありません。

つまり、もうここからは前進はおろか、引き返すバスもありません。

詰みです。

しばし呆然と、夕日の差すバス停で立ち尽くしておりました。

ふと、通りかかった初老の女性から「何かの撮影ですか?」と声をかけられました。
(カメラ持った徒歩のおっさんが二人、怪しいですからね!)

バスと歩きで京都から辿り着いたこと、そしてバスも万策も尽きたことをお話しすると、「それなら、駅まで送って行ってあげますよ」と仰るではありませんか。

捨てるバスあれば拾う神ありとはとはまさにこのこと。

申し訳なさもありましたが、疲労が勝り、ふた言目には「どうか、お願いします!!」と口走ってしまいました。

てなわけで、地域の方のお言葉に甘えて、あっという間に駅へ戻ってきました。
次回はこの有年駅を朝に出るバスで再開です。

目標の岡山入りには遠く及ばず、しかし温かな人情に助けられた、そんな西播磨・夏の旅でした。

有年にお住いの奥様、その節は親切にしていただき、本当にありがとうございました!!
(*- -)(*_ _)ペコリ

反省会

たった40km!

「惨敗」です!

その後調べたら、新幹線代をケチらずに姫路7時25分の初便に乗っていたら、相生駅で案内された宮前15時半には十分間に合っていたことが分かりました!

そしたら17時には県境を越え、三石宿で目標を果たして終えることができたのですから、もうね。
帰りの車中の充実感が違いますよ。
爽やかで心地よい達成感に包まれた疲労感と、仕事でミスったのに近い「やっちまった感」に包まれた重苦しい疲労感は、その後の心身に及ぼす影響が「段違う」のですよ!

この長編バス旅に勝ち負けの概念はないですが、やはりここまで行けるかな?の目標に対する進捗があまりに芳しくないと、敗北感を禁じ得ません。
せっかくの休日に、子供との遊びを断って、往復の電車賃はたいて遠征しているわけですからね。
バスに乗りたいからバス旅してるのに、あんまりバスに乗れないと、何旅かわからなくなりますから。
その敗因が、出せなくもない金をケチった故っつうのがまた、みっともないではありませんか。

戦力の逐次投入は悪手、叩ける相手は時機を逃さず圧倒的な物量に任せて全力で叩く、日本人は伝統的にこれが苦手ですなぁ~。
またバス旅で要らん教訓を得てしまった。

教訓の宝庫!人生の学校!!

それと、尾を引く昼食問題です。
調子乗って食ったら足元すくわれるし、食わんかったら悲壮感高まるし、もうどないせえっちゅうねん。

今回は辛かったなぁああ。

せっかく牡蛎をはじめ海産物がおいしい西播磨くんだりまで出て来て、コンビニのおにぎりにしかありつけないとか、大の大人がやっちゃダメな休日でしょうよ。

おじさん、わびしいよ。
わびしくない思い出を作りたいよ。

フラストレーションを溜めつつ、次回の雪辱を誓うのでした。トホホ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です